メーデー文化祭、前夜祭を見て思ったこと、感じたこと

京都・エイサー/合唱 N.T.


 「あれー?どこかでチャングの音がしてるー?」と言っている間に、ステージ前に、方々から、30人ぐらいのチャングやなんやらを持った人々が集まり、釜山駅前(前夜祭会場)は一瞬にして熱気に溢れた。走り、跳びまわる人々。太鼓の音が体中に響き、韓国にきたんだ、と改めて思った。今年、前夜祭では歌舞団の出演はなく、ひたすら観客に徹することができた。心に余裕を持って観劇することができたので、色々な気づきがあったように思う。楽しませてもらった、ステージだった。

 真紅の旗を持っての舞、権力の横暴さを見せ付けるフィルムやスライド、それでも私たちは負けないんだ、という力強い歌に踊りー。韓国では実際に、何千人という単位での解雇が行われているのだそうだ。4月にもストに警察が入り、その暴力の犠牲になった人々がいる。警棒などで力任せに殴られ、骨が折れ、何人もが救急車で運ばれた。痙攣をおこす体、地面につたう血、目の前のビデオに、私の住むところとはかけ離れた世界としての韓国」を垣間見た。

 去年などは、強く、切り裂くような歌が多かったけれど、今年は、もっと、しなやかに闘うというか、自身も楽しみながらというような歌があったり、またラストは思いを昇華させるような歌で終わったのが、印象的だった。最初から最後まで歌、踊りでつなぐ。演説は入れない。全ての歌が上手かった、わけじゃないけれど、ステージの構成がかっこよかった。踊りながら歌うユニット、歌は他に任せて、踊りで表現するグループとか、様々な要素があったのが、「かっこよかった」と感じた一つの理由かもしれない。

 それと、前夜祭ステージに上がっていたのは研修生がメインだったそうだ。若手メンバーは、技術は未熟かもしれない。けれどだからといって、いつまでも主力メンバーだけでステージを作っていては、後が育たない。活動を「今」だけで終わらせないで、続けていくこと、引き継いでいくということを見た思いがした。

 この前夜祭は、私にとってはカルチャーショックのようなものだった。一番「すごい!」と思ったのは、彼らの踊りだ。闘わなければならない切実な状況を反映してか、強く、ぐっとせまってくるようなものが多かった。動きにもメリハリがあり、言葉は全くわからなかったけれど、流れについていけた、というか。動きによって表現されることがこんなに大きいとは、と、感嘆の思いがした。

 昔、私たちとかかわりだした頃と比べれば、民衆連帯には格段の変化があるそうだ。彼らも私たちから学び、私たちも彼らから学び・・。今回のステージには、色々と、私たちが学べるポイントがあったように思う。変化することは勇気のいることだ。けれど、歌舞団の中でそれをどんどん楽しんでいけたら、と思う。


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